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2018年9月16日 (日)

離檀のことなど

露草や一歩踏み出すこと恐れ 玉宗
大本山總持寺祖院の御征諱法要も無事済んだ。
この後には秋の彼岸が控えている。とはいっても自坊は秋彼岸はとくにお参りも法要もない。檀信徒も祖院の法要が秋彼岸の代わりみたいなところがある。
まあ、それはいいとして、先日檀家さんが一軒離れていってしまった。
市外に引っ越すことになり、そちらの方のお寺さんのお世話になりたいということで、結果として離檀を認めることになった。ご両親もなくなり、本人にも子供がいない。お墓は当分地元に置いておくらしい。離檀に当たっては県外に住む姉の意見を参考にしたようだ。長男として先祖を守る思いはあるようだが、如何せん、故郷を離れて暮らさなければならない中で、お寺や地元へ寄り添う思いは強くないようだ。
お寺を選ぶも、どんな宗教宗派を選ぶも、本人の自由意思だし、それを認めることに吝かではない。好きなようにすればいいし、やりたいように先祖に寄り添えばいいのである。
ということで、離檀料もなく、きれいさっぱり、吹っ切れた顔をしてご当人はお寺を後にして帰っていったことである。
亡くなったご両親には懐かしい思いもあるし、檀家としてよくして戴いたこともあり、離檀は残念な思いもあるが、どうしようもない。先祖のことを思えば何がしかの記録を残すことも考えられるのだが、なんだか気おくれする。
平成三年に四十二軒の檀家のお寺に入って、今現在三十二軒。まあ、これもめぐり合わせだ。私が授かったご縁ということである。ご当人は勿論のこと、私自身も又今回のご縁を新たな一歩への契機として生きて行かねばならないと思う次第。
「目」
近目にも遠目にも紅天狗茸
黒々と夜目にも匂ふくわりんの実
をととひの糸瓜の水を取りに来る
閉ぢてゆく空のつれなさ秋茄子
憧れの年金暮らし鳥渡る
忘れないうちにと茗荷もらひけり
螻蛄鳴くと信じてひどい目に遭ひぬ
見た目にも色なき風の味気なさ
空翳り紫式部実となりぬ
目に余る空に果てなし蔦紅葉
「ならぬなり」
露けしや飯が美味くてならぬなり
腹空いてならぬと稲を喰ふ雀
遥々と土手に燻る彼岸花
露草や一歩踏み出すこと恐れ
その中に馬も食はざる秋千草
恋しうてならぬと鳥の渡るなり
秋麗やみひらくやうに玉簾
肩凝りがひどいやうだね小鳥来る
草は穂に風のかたちとなりゆけり
もみづるもならぬと先を急ぐなり
この頃の雨の情けや花擬宝珠
枕辺はなにがなにやらちんちろりん

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